6.12

去年の暮れ頃、「ぼくはここまで」という曲を茄子のバンド用に書いた。BPM120くらいで、ずっと同じコード進行で、四つ打ち。非常に単純。こういう曲は作ってみたかった。ライブでは長尺のソロも無駄にやったりしてる。ソロというかめちゃくちゃにしてる。好きな曲。多分これからもやり続ける。

歌詞もまったく悩まなかった。不思議な一夜をそのまま切り取って歌詞にした。なぜか霧の深い夜だった。異常気象のような。でも全然不思議ではなく、そりゃそうだよなと思えるような真夜中。ちょっと恥ずかしくなるようなベタな表現をしていて、普段ならきっと書き直したり、違う言い回しにしたりするのだけど、この曲は敢えてそのままにした。そのままにした方がいいと思った。

 

とても良い時間を過ごしていても、あっ多分この人とはもう二度と会わないんだろうなと思う瞬間がある。そしてそれはその通りになる。

別に連絡をとってもいいし、会ったら絶対良い時間になると思うし、別の誰かが機会を設けたっておかしくはないんだけど、なぜかもう会うことはない。偶然はない。文字通り、そのままの意味で、もう二度とない。たった一夜のこと。そんなやりとりは必ず誰しもあると思う。そんな歌。作れてよかった。

 

今日はドリームジャンボの当選日。期待しているぞ。

6.6 夜

発泡酒1本とチューハイを2本、晩酌にすると眠気がやってきて22時ごろからウトウトしてしまった。微睡の中で聞いたのは、トントントントン…と連続する音。派手な音ではないが、結構な音量で部屋に響いている。釘で木を打ち付けているような、ボールをフローリングの床に弾ませているような、硬質で響きのある音だ。無視して眠ろうとしたが、断続的に続く。少し続いて、ようやく止んだかと思えば、数分してまた思い出したように響く。もう結構いい時間だ。目が覚めてしまった。

起きて、リビングへ移動してみると、どうやら隣の家から音はしているようだった。そこにいた同居人に確認すると、昼間も鳴ったりして、よくあることらしい。苦々しい声色。 

次。次、音がしたら何か対策を打とう。隣人トラブルなんてものは避けたい。できれば匿名性を持ったままやんわりと注意したい。手紙でも書いて、ポストに入れるか?そんなふうに考えた矢先に、またトントントン…と響きだした。途端に、ふっと沸き立つ怒りのようなものではなく、スーッと絶望していくような感覚、頭が白くなるような感覚がして、直後うるせぇ!と叫びながら、壁を思いっきり叩いていた。壁を叩く音は、ドン!と響くかと思えば、ベチッ!と鈍く、鉄筋の壁に吸収された。それでも、重く、ずしんとした響きが伝わった。手が、ジンと痛んだ。そして何より、突然咳を切ったように叫んだ喉が、一瞬で枯れてしまったように渇いた。

すると、音は止んだ。それからもう一度も音は鳴っていない。鳴らなければそれでいい。何も、自分たちが偉いわけでもない。同じ建物で共存していければいい。

明らかにうるさいとわかっていながらも、誰かからこういった苦情をしっかり受ける事がないと、なかなか人間は、まぁもう少しくらいは…という気持ちになってしまうと思う。俺だって楽器をやっている。きっと迷惑をかけたこともある。

これとは全然関係なく少し前から、楽器は控えるようにしていた。今の時期は窓を開けてることも多いから。アコギはほぼ弾かないようにしていて、エレキはヘッドホンで、弾く時は念のためしっかり窓も閉める。そういったことを、やっていた。間違ってなかった。でも、今回のことで、自分もさらに気をつけようと思った。「経験」が一番の学びになる。

 

それにしても、眠れなくなってしまった。明日こそは早起きして、買い物行くからな…。

6.6

予定が狂ってしまった。

緊急事態宣言の出てるその最中、コロナの真っ只中でさえ、変わらず仕事をしていたのだが、今になって仕事がポツポツと途切れ始めてきた。急な休みは、嬉しくもあるが、唐突過ぎてなかなか予定も立てられない。

今週も突然金土日と三連休になり、しかも金曜は給料日だったのでこれはなんでもできるぞ、と少しでも有意義なモノにしたいと計画を立てた。木曜は遅くまでダラダラと飲んだので、金曜はガッツリ寝込み日頃の体力を回復。夕方から前から行こうと思っていた砧のブックオフに行った。環八と世田谷通りが交差するところ。ここに大きなサミットがあって、2階は洋服や靴屋が入っていて3階にはそこそこ大きなブックオフと100円ショップが入っている。田舎の国道沿いにあるような、古びた雰囲気が良い。

建物の入り口に、小さな宝くじ売り場があった。そのとき同居人と一緒だったのだが、「あっ」と声を上げた。どうやらつい最近変わった夢を見たらしく、それが気になって調べてみると、それはなかなか珍しいモノで、金運にまつわる啓示のようなもので、宝くじなどを買うと良い。と、割と断定的な意見が出てきたのだという。それから宝くじを探していたという。しかも、売り場には本日最終日とある。ドリームジャンボの発売日がちょうどこの日で最後だったのだ。閉店間際の小さな宝くじ売り場。ぼくらはきっと最後の客かもしれない。しかも重ね合わせるように、売り場のカレンダーには今日が大安吉日とある。

よし、買おう。ここでバンと何十枚も買えたらなんとも絵になるのだが、宝くじを買い慣れていないぼくらは、とりあえず連番10枚のセットを買ってみた。3000円。飲み会一回分。そう考えると安いものだが。夢を買う、なんて大げさな話ではないが、少しの間でも何かを楽しみに過ごすなんて、素敵な話じゃないか。

 

軽く買い物をして、帰宅する。外食でもしたかったが、まだやめといた方がいいと思い、テイクアウトで色々と好きなものを買った。飯を食べながら、明日は連休の真ん中なので、ちょっと色々と買い物をしようと企んでいた。気分的に楽器も見たい。買いはしないと思うけど。ちょっと見てみたい。東京駅から秋葉原、歩いて御茶ノ水、そのまま神保町あたりに出てもいいかもしれない。そんな計画。

 

が、ぼくは今路地裏をトボトボと歩いている。今日は気温も高くなく、風もある曇り空だが、歩いているとじんわり汗をかく。もうすぐ日も暮れるので涼しくなるだろう。

結局今日の買い物はとある理由で頓挫してしまった。予定というのは、突然こういうことがある。なんだかな、と思いながら家でダラダラと携帯を見ていると、コロナの期間することがなく散歩をひたすらしていたというのを見つけ、なんとなく歩いてみたくなった。余る体力の発散をさせてやりたくなった。それで今、自宅から三軒茶屋まで歩いてみている。およそ5キロ、往復で10キロ。多分片道1時間くらい。

大学生くらいのころ、よく高円寺で飲酒して、電車がとっくになくなってから、歩いて帰ったりしていた。そのときは3時間くらいかけて歩いてたな。今もうあんなことはできないかも、と思うけど、やってみたら案外できるかもしれない。最近勝手に自分で年齢のせいと決めつけてしまうことが多い。これは本当によくないなと思ってる。やればできる、なんてティモンディの高岸のようなことを言うつもりはないけど、やるしかないというその状況に自分を持っていけないことは、なんとも不精だなという気がする。歩いて帰るしかない、という状況になる前に自分でストップをかけてる。なんでだろう…。

 

今若林のあたり。案外すぐだ。全然まだまだ歩ける。歩いていると、考えが巡る。とりあえず買い物は明日また行こう。明日も暇なんだからいいじゃないか。今日が無駄になったなんて、考える必要はない。

歩きながら聞こう聞こうと思っていた、バンドのメンバーから送られてきていた新曲を聴く。すごく良かった。今このタイミングで聞いたことも。早くスタジオであわせたいと思った。俺ならこういうアレンジをするな、とか。そんな健全な考えに至ることが嬉しい。

この気持ちで明日買い物に行ったら、勢いで楽器を買ってしまいそうで怖い。せめて、宝くじが当たってから、なんて考える。

4.21

昨夜。妙に疲れたので、スーパーで買ってきた20%引きの寿司を食いながら発泡酒をテキトーに飲んで、仕上げにアイスを食ってすぐ寝た。まだ22時過ぎくらいだったと思う。

長い眠りの中で、長い夢を見た。

 

朝、仕事に行く夢なのだが、なかなか現場にたどり着けない。迷って人に道を聞いたりしてようやくたどり着いたのは何十階もある高層ビル。

広いエントランス。人もたくさんいる。受付でやたらと長いやりとりをする。色んなものを書いたり。受付の女性はなぜか知っているような気がする。前にも会ったことがあるような。世間話をした。少し仲良くなれた。話しているうちに別の人も紹介してくれたのだけど、なぜかみんな知っているような、そんな気がする。前にもここで仕事があった。そんな記憶が蘇る。確かに建物にも、見覚えがある。

 

やがて、受付が済むともう昼近くになっていた。仕事に行くはずだったのだが、なぜかそのビルの中にスタジオが入っていて、俺もギターを持っていて、スタジオに入ることになっている。23階がスタジオだというので、向かうも、これがまたなかなかたどり着けない。ビルの中は、大きな病院か大学のようになっていて、ひたすらフロアを進んでいく。途中たくさんの人とすれ違うが、なぜかみんな知っている人のような気がして、気さくに話をする。

ようやく見つけたエレベーターに乗って、23階を押すとすぐ人が乗ってくる。青い服を着たきれいな女性だった。エレベーターの中で、話しかけてくる。随分大荷物だね、と。俺は確かに、手元には剥き出しのギター、それとなぜか初心者が買うようなケースやらシールドやらのセットも剥き出しで持っていた。

スタジオに着くと、父親がひとりでベースを爪弾いている。父が楽器をできるなんてのは聞いたことがない。特別挨拶もせず、部屋に入る。狭いスタジオだが、壁に古いギターやベースが飾ってある。奥に窓があって、そこから昼の光が差し込んでいる。俺は随分遅刻してるので、あとはただただ急いで準備をするだけだった。

4.18

大雨の中出勤。現場に着いたのはもう13時。本当は10時くらいには着いているべき。昨夜飲みすぎて起きられなかった。どうせ誰とも会わない仕事。ひとりでそっとやって、スッと帰る。マスクの下、言葉は発さない。こんな仕事でも一応仕事は仕事。お金も発生する。仕事がしたくてもできないひとがいる。そんな人に怒られてしまうような。一度誰かに、何かに、ちゃんと注意されないといけないのかもしれない。それは、決まり切った文句ではなく。心の芯に届く、是正を確実に保証するようなもの。人を変えてしまうようなこと。でも、そんなことをしてくれる人は誰もいない。みんなそんな暇じゃない。俺のためにそんなことしてくれる人は。

誰にも合わせない。誰とも合わせない。自分で自分を決める。

3.23

先日、柴又帝釈天に行ってお参りをした。祈るということは、神様にお願いすることではなく、自分と向き合うことだ。心と対話する。手を合わせ目を閉じ、自分の中に何があるか。わからなくてもいい。大切に思っていること、それを剥き身の裸にする。誰にも言えないようなこと。

帝釈天は桜が咲いていた。暖かくて、人もたくさんいた。静かな時間が流れていた。

 

姪っ子の成長を、アプリで見ている。少しずつ、人間のように、物事を知り、覚えていく。最近は歯がそこそこ生えてきて、自分で歯磨きのマネをするようになってきた。そのとき、口を自分で指で広げてるのがなんともおかしい。でもきっと自分で指で広げたら、磨きやすいと気付いたのだ。そんな純真さ。無垢な魂に、ひとつずつ知恵が置かれていく。

こんな純粋なものに、近づきたいと思う。自分もかつてこうだったんだよな、と遠い記憶探るも、見つかることはない。

人が祈るときのように、透明なもの。物事の始まりのような、まっさらなもの。そんなものに思いを馳せる。自分がライブをするとき、音楽を演奏するとき、そんなものに近づきたいと思う。自分が見たいもの、触れたいものは、そんなようなもの。ぐちゃぐちゃなノイズの中にある、神秘な光。誰かがふと見せるような表情。嘘も本当もない、自分でいる瞬間。別に大袈裟でもなんでもない、きれいごとでもなけりゃ、うさんくさい話でもない。

1.26

今日原宿に買い物に行き、指輪を買った。良い店があるとのことだった。普段原宿になんて買い物は滅多に行かないし、ましてやアクセサリーショップなど無縁の場所。店も、原宿の裏路地(まさに文字通り裏原)の2階の店で、自分ならまず入らないだろうという店構え。だけど入ってみると、とても雰囲気の良い店ですぐに溶け込めるようなアットホームさがあった。小さな店で、半分は実際金属を加工する工房になっている。指輪を見ていると店主のおじさんが話しかけてくる。いかにも職人らしい、かっこいいおじさんだ。

指のサイズを測ってもらい、色々と見せてもらう。いかにもガチガチなシルバーアクセ然としたゴツいモノも出してもらい、いやこれはさすがに…と言いながらも、付けてみるとしっくりくる。不思議と馴染みがある。やっぱりプロは分かってるんだなと思う。何事も実際にやってみないとわからないというか。

結局色々と話を聞いたり、見せてもらったりしながら、結構じっくり悩んで、とてもシンプルな真鍮のリングをひとつ買った。中指か薬指で考えていたのだけど、実際はめてみると小指がしっくりきたので小指用のサイズを買った。おじさんは出口まで送ってくれた。良い買い物をした。家に帰って指輪をはめてみる。ソワソワするけど、なんだか自分のことを好きになれるような、とても大切なモノを慈しむような気持ちになれる。こういうことを、していきたい。買って良かった。