7.18

仕事終わり、夜、近所に買い物に出かける。自転車に乗って、とりあえずブックオフに寄ろうとしたのだが、最寄りのブックオフが最近改装して、ブランド物のバッグなんかを置くようになった。これらが大々的に入り口を占めている。これにはゲンナリしている。あのどうしようもない空気のブックオフが好きだったのだ。今でもあの頃と同じような古臭い店舗もあるのだけど、まさか最寄りの店がこうなるとは。本よりまず、貴金属やバッグなんかのショーケースが目に入ってきて、なんだか少し入店の足取りも重い。

 
大して目ぼしいものはなく、立ち読みもあまり好きではないので早々に立ち去ろうとしたとき、100円コーナーでよしもとよしともの「青い車」を見つける。懐かしい。確か兄が買っていて実家にあったので高校生ぐらいのときに読んだし、内容もまぁまぁ覚えているつもりだ。手に取ってみる。ちょっとチラ見のつもりが、一気に全部読んでしまった。こんなに良かっただろうか。高校生の頃、初めて読んだときは、正直内容についてはなんとも思わなかったし、ぶっちゃけエロシーン目当てのようでもあったが、今読むと相変わらず敢えて説明しないようなところは多々あるものの、昔より理解できる。この空気感は、独特だ。これは誰にでもある気持ちのようでもあるし、誰にも分からせない小さな独白のようでもある。ツイステッドという短編が特に良い。世の中のことは全部、分かるか分からないかということではないのかもしれない。曖昧で、変で、よくわかんねー、って感じなのかもしれない。そんな機微(とすらいえない)、名付け難い「感情の動き」がそこに描かれている。これは実はとってもすごいことだ。今26歳の俺が読むことで、ほんの少しだけ分かった。分からせてもらった。勝手な解釈かもしれないけれど。
 
店を出てツタヤに向かおうと自転車を走らすと、日高屋の前に警察がいて、最初は見えなかったが近付いていくにつれ、人が倒れているのだと分かった。人だかりは出来ていない。通行人はただ、チラ見するだけだ。警察は特別焦っているようでもなく、声をかけているのかいないのか、それさえも微妙な感じで「ただそこにいるだけ」のように見えた。倒れている人はおじさんで、酔っ払いが寝ているだけのようにも見えるが、妙な雰囲気があって少しドキッとした。ぼくも数多いる通行人の一人である。ただ、見過ごし立ち去るだけ。
 
家に帰る。椅子の上にかけてあるシャツ、先日ひどく酔ってしまった飲酒の帰りに、どこかにひっかけてしまい破れてしまったもので、それがなんだか急に悲しく思えてきた。安物だったけれど、買ったばかりで、そこそこ気に入っていた。こんなことでいいのか、という惨めな気持ちになる。酒に安易に溺れ、物を大切にするということすらできない自分に嫌気がさす。ベタな話だが、いつも過ぎてから気付く。今更何を言っても遅いのだ。
 
 
 
 
 

7.16

企画のことを書こうとしたら、長くなってきて収拾がつかなくなってきた。思いとは、打ち明けないものであるからこそ尊いという見方もある。あの一晩の狂騒を、今さら振り返るのも野暮かもな、などとも。でもそれでもせっかくチマチマと書き続けているので、近いうちに。



企画が終わってから、その一抹の寂しさと、目標がなくなってしまった不安みたいなものと、上手にライブが出来なかったという悔しさ、もっと色んな人とゆっくり話したり飲みたかった、などなどが泥のように混じり合い、結果として先週は、一週間全日飲酒に出かけるという愚行を生み出してしまった。

月曜下北、火曜は中目黒、水曜は渋谷、木曜は吉祥寺〜阿佐ヶ谷、金曜阿佐ヶ谷、土曜高田馬場、日曜下北〜吉祥寺と、俺は東京観光でもしているのかというくらい出歩いた。そして酩酊し、潰れ、金もなくなり、一晩の孤独を埋めていった。

大体、少し深酒すると二日酔いになり翌日はアルコールを見たくもないような気持ちになるのだが、無理やり自分のカラダを差し出した。

誰も報われたりはしない。幸せを探すのは四葉のクローバーを探すようなことではない。その時その時の楽しさや友達との時間というのは、とても尊いものだとはわかっているが、必ず「おつり」がついてくる。


朝方、グシャグシャに握りつぶした湿った千円札を広げ、自販機に突っ込むもすぐに突き返されてしまう。何度入れても、千円札は返ってくる。俺は水一本買えねーのか、と思う。その瞬間何秒間か、突っ立ったまま、無になってる。どこも見ていない。何も感じてない。

そして、またハッと我に帰る。あとはひたすら歩いて歩いて、家に帰るだけである。




7.2

ここ最近は土曜日に飲みに行っていないので、日曜は朝から行動している。今日は午前中から企画に向けて家で少し練習。歌詞もだいぶ書き上がってきたが、まだ7割…。本番はもう今週末なのだけれど…。


午後、知人から連絡。神宮球場乃木坂46のライブがあり、そのチケットを1000円で譲ってもらえそうだから行かないか?と。面白そうなので行ってみる。

会って話を聞いてみると、ステージバック席という、いわゆる見切れ席というか、雰囲気を味わう程度の席が売りに出されているようだ。

ところが、1000円で譲ってくれるという人からパタリと連絡が途絶えてしまったという。「これはやられたかもしれないすね…すいません」と知人が言う。別に損はしていないし、俺としては全然構わないのだけれど。

とりあえずコンビニでビールを買い、球場脇で乾杯する。天気も良く、気持ちいい。野外ライブなのでそのまま外で音だけ聴きながら軽く飲むことにした。同じような人も沢山いた。


その後飲み続け、案の定なかなかに泥酔し、記憶も曖昧なまま帰宅。

月曜の朝、二日酔いがひどくカラダに無理やり鞭を入れ出勤。うなだれながらポカリを飲む目は、ドブ川の如く濁っている。企画はいよいよ今週末、これでいいのか。

7.1

企画まで一週間なので毎日スタジオに入ろうと、とりあえず昨日今日と入る。昨日は声も出ず、音のバランスみたいなものが全然掴めなかった。帰りこのままじゃヤバい…と、思いながら習慣でTSUTAYAに寄るも何も借りず家に帰った。

今日は昨日が嘘のように声も出しやすかったし音も聴きやすかった。なぜか。考えてみると、昨日は朝から仕事に行って、疲れた状態でスタジオに入ったのだが、今日は休みでガッツリ昼飯を食って午後昼寝をしてから行ったので、シンプルに体力があったからなのでは?と思ってる。よくボーカル技術云々で(話半分に聞いてる程度だが)十分な睡眠が良い、などというのは聞いていたけれど本当なんだなと実感。帰り、TSUTAYAに行ってガッツリ立ち読みもしたしDVDも借りた。でも、企画まで忙しいのでDVDを観る暇はない気もするけれど。

アイドル雑誌をパラっと立ち読みする。アイドルのインタビューは、たまーに脳にドドドと流れ込んでくる金言があったりする。まぁ今日は無かったですが。

6.29

吉祥寺で深めに飲酒し、そのまま終電を逃してしまった。実に愚か。所持金も心許なかったので、ネットカフェで始発まで過ごすことに。人のめちゃくちゃ少ないネットカフェはとにかく静かで、コーンポタージュを入れる音だけ寂しげに響く。

なんやかんや過ごしていたが、気付くと寝てしまっていて、起きると5:50。始発は5時前だったので、予定を1時間ほどオーバー。急いで帰宅し、1時間ほど仮眠して仕事へ。実に愚か。


企画までもう一週間ちょっと。曲を詰める作業が進まない。大丈夫か。

6.25

エレファントカシマシの「きみの面影だけ」という曲を知り、聴く。エレカシでは数少ない未発表曲で、いわゆるお蔵入りとなってるのだが、少し前に出た自選作品集というベストアルバムに入っているという。

宮本浩次の詩は、叙情的、文学的、と言われるがその実はとてもシンプルでさりげないものだと思う。わかりやすいとも言える。この「きみの面影だけ」も、とてもシンプルで決して難しい事は言っていない。男女の別れの気配と、そのときの街の景色だけである。ただこういう曲をさりげなく歌うということはとても難しい。宮本氏の真摯である姿勢が、こういう歌の『確かさ』みたいなものを、聴く人に迫らせると思う。

こういう曲が書きたいなと思う。仰々しい荒波のような曲ではない、日々揺れ続けるさざ波のような。

5.29

もちろん毎日穏やかに過ごしたいと思うものだけれど、なかなかそうもいかないことがある。許しがたいニュースは否応無しに飛び込んできて、自分が信じたいことが大きな見えない力に揺り動かされてしまうこともある。

人の心とは無垢であると信じている。それは誰の為でもなく育まれるこの星の自然のように、余計なものが一切無い、無垢の魂である。ただ、それを汚していくのが人間であり、それが生きるということである。人間は心を使って使って、汚して汚して、生きていくのである。でもそれでも、心というものに、魂というものに、形があるとするならその真ん中はひどく美しい無垢の魂であると信じたい。それは博愛なんかでも平和主義なんかでもない、あくまで自分勝手な願望である。