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3.25

車酔いするようになった。以前はそこまで酔う方では無かったのだが、最近は10分ほど乗っていると、ぼんやりと吐き気がしてくる。やんわり頭痛もするときがある。大概、その弱い波が続き、気付けばおさまっているか、その前に到着し降りて程なくすると止んでいる。

企画の予定が決まりそうだ。自分1人ではなかなか重い腰が上がらないので、知人に頻繁に話していたところ、色々決めちゃおうと日付や場所など一気に決めた。少し先の日付なので予約こそ取れなかったが、ほぼ決まったようなものだ。相変わらず行動力の無さに嫌気がさすが、結果オーライというものだ。
こうなると、色々やらなくてはならない。憂鬱な気もしてくる。でもやらなければならないと燃えてくる気もする。最近は何かとダウナーに物事を意識してしまうので、少しでもアゲていきたい。春だし。元々春は嫌いだが、今年はそんなに悪くならない気もしてくる。

3.15

鬱蒼とした気分である。原因をなんとなく考えるも、それを考えることがより気分をダウナーにさせるので辞める。これが回復に向かうには、気分転換が何より重要であると思うのだが、気分転換にも種類があって果たしてどれが効果的かは、なかなか分かりにくかったりもする。


そんな折、今日はこれから知人のライブを観に行くのだけれど、仕事がかなり理不尽に押した。や、約束と違うではないか、と言う相手はいない。しいて挙げれば、システム、ひいては社会である。そんなもの、極めてどうでもいいのであるが。

このライブ、及び友人らとの会合、そして景気付けの飲酒、これらが鬱の減滅に役立ってくれることを(身勝手な話だが)願っていたのだけれど、早速出鼻を挫かれたようだ。胃のわずか上、心臓のちょい下くらいがドヨーンとする。気付くと表情も苦々しくなっていたりする。


今から向かうが果たして。



追記


間に合いませんでした。それでもライブをしていた先輩にビールを2本もおごってもらい、なんとか心の均衡を保つ。サッと帰路。1人で天下一品に行き、こってりとライス。瓶ビール。なんとも空虚で、現実味がない。異様に膨れた腹だけが、リアルである。

3.14

大阪に行ってきた。憧れのネオンの街。もう4回目になる。

何度来ても、現実と夢の中間にいるような感覚がする。

道頓堀の外国人店員だらけのファミリーマートで、スーパードライを一本買う。よく冷えている。テキトーな店でたこ焼きを買う。はい、350万円!と言われ、苦笑いするだけの俺は根っからの東京人。人見知りの、平成生まれ。

ネオンが、街を彩る。それ以上でもそれ以下でもない。思い出を美化するつもりもなく、思い出を卑下するつもりもない。記憶はどうしたって消せない。バカみたいな時間を俺は背負って生きていく。ただ後戻りなんて絶対にごめんだし、このまま萎んでいくなんてまっぴらごめんである。生きるからには常に最高を更新していくべきである。それが生きている人間の最低限の義務である。ただやりたくなければやらなくていい。寝てたかったら寝てればいいし、なんかしたくなったらしてみればいい。ルールは無い。マナーはある。

帰りの飛行機、夜の空港は雨に濡れピカピカ光っていた。どこにでも、ネオンはある。逃避はもう終わりである。

3.9

3月9日というとやはり嫌でもレミオロメン脊髄反射のごとく脳裏に浮かんでしまう。ぼくが中学生くらいの頃、レミオロメンは流行った。ぼくも御多分に洩れず周りの流行りに全乗っかりし、大急ぎで自転車を転がし三軒茶屋のツタヤでCDを借りたものだ。それは「ether」というセカンドアルバムだった。未だにレミオロメンはこれが最高傑作だという人もいるのではないだろうか。3月9日だけでも十分なほどだが、アカシア、モラトリアム、南風と続いたシングルが全て入ってる。あきらかに脂が乗ってる時期というやつだ。

あぁ、ドッグイヤーも良く聴いてたな。あの肩の力が抜け切った歌や演奏には、乾いた風土を感じた。奥田民生theピーズの「ソレ」とはまるで違う。もっとダサい。狙っていない、まっすぐなダサさ。優等生がちょっぴり悪さしたがっているような半端なサウンドだった。でもそれがよかった。それが俺だった。中学生のころの俺の毎日はレミオロメンを聴いたり、パワプロをやったり、いちご100%を興味ないふりしながら極めてこっそりと読むくらいなもんだった。

その後、レミオロメンはいわゆるスタジアムバンドへと駆け上がり、もうそこにあの頃の肩の力が抜けまくったちょっと悪さしたいおぼっちゃんバンドの陰はなくなってしまった。(そして、人知れず消えてしまった。)


2.18

つけ麺やすべぇという店がある。

かつて、つけ麺ブームの波とともに都内各地に出店したつけ麺チェーン店である。

以前は、下北沢にもちょうどいい場所にそのやすべぇがあり(ぼくがよく自転車を停める場所のすぐそばだった)、飲んだ帰りやライブに行ったあとなど時たま利用していた。足繁く通っていたということもない。ホントに時々行く程度の店である。

今ではつけ麺ブームというものがやや下火になったきたのもあり、やすべぇの勢いもやや落ち着き、下北沢店も閉店してしまった。


そんな折に、池袋で仕事があった。午前中で終わる仕事だったのだが、なんだかんだと終わったのは15時近くだった。なので池袋で何か飯でも食べて帰りたい、と思うものの、あまり土地勘もなく何かを探すのも面倒だった。

池袋という街はもちろん大きくて何でもあるけれど、ぼく個人としてはなんだか雑多で、歩いているとすこし寂しくなって、ちょっぴりいかがわしいという印象だった。でもそんな感じが決して嫌いにはなれない街だった。

その池袋をブラブラしていると、やすべぇがあった。懐かしかった。そういえば高校生くらいのときに、まさにこの場所のやすべぇに来たことがあった。ぼくは遅めの昼食をここに決めた。

時間も時間だしガラガラかと思っていたが、5〜6人ほど客が入っていて皆、当たり前だがつけ麺を食べている。

食券を買い、元気のない店員に渡す。椅子に座り、つけ麺を待っている間、音楽もない店内は独特の空気を放っていた。かつての隆盛が、今は立ち消えたやすべぇの寂しさのようなものが店内に漂っている。店員は1人で黙々と麺を茹でている。客も、池袋のいかがわしさを体現したような派手な女性と、いやに肌の黒い中年の男、オタクみたいな青年が1人。なんだか、池袋、なのだ。そして、その池袋のやすべぇ、なのだ。そんな感じがする。説明はできない。

つけ麺が到着して食べると、記憶がフラッシュバックする、ということもなかったが、確かにその味を思い出した。妙に甘くて、酸味もある。これがやすべぇだ。

ものの5分程度で一気に食べ終わる。元気のない店員の、元気のない挨拶を背中に感じながら外に出ると、池袋の見慣れない街が目に入った。


やすべぇが無くなっても、きっとぼくは困りもしないし、感慨にも浸らないはずだが、まだあるというのなら、また食べに行きたいと、なんとなく思った。

2.6

‪とあるやりとりをネット上で見て、気分が落ちる。というか怒りにも近い。そのまま、自分の溜飲を下げたいがために誰も見てないことをいいことにこのブログに色々と書き殴ったが虚しくなってやめる。このことはラジオで話そうと思う。ユーモアを持って。


そんな冷え込む日常でも穏やかな気持ちをキーポンするため、入浴後早々に布団に入り体温を高め、ゆっくりとしようと思うも、やはりそっと手にしてしまうのはアイフォーン、でもすることなく見るものもなく、思わずスケベ動画サイトを開いてしまうも、そんな気にもなれず。憂鬱とは常に背後にいるものだ。‬

2.1

若いということと、思慮が足りていないということは比例するのだろうか。若ければ表現がダサくてもいいし、若ければ周りが見えていなくてもいいのだろうか。

自分もまだまだ(本当にまだまだ)若いと思う、至らないことだらけで日々が反省で成長である。それは誰だってそうである。

囲われてはいけない。誰かが冷静にジャッジなどしてはくれない。自分の浅はかさには自分で気付き、恥じ、改めなければならない。