10.16

夜中に思い立ち、昔の自分のバンドの音源などを聴き漁る。当時は、自分たちでホントにこれで良いのか?などと不安に思いながらやっていた部分もあり、まったく客観的には聴けなかったが、今聴くとなかなか良い。手前味噌ながら。自分でやっていることなのに、自分じゃないような感覚。意外と、歌詞もよかった。20、21の頃に書いた詩だが、今の俺では思いつかない部分もあり、今とまったく変わらないことを言っていたり。



11月にライブが2本決まる。奇しくも同日。11月11日。土曜。


ひとつは、知人の役者と共にやる企画。前々からやりたいと話していたことをようやく実現させた。内容は謎。こちらはガッツリツーマンで、昼から。大久保水族館という場所で。


もうひとつは、以前夏の企画にも出てもらった友人らのバンドが複数でやる共同企画に呼んでいただいた。ありがたい。弾き語りをメインとしたイベントで、つい先日にバンド編も行われた。こちらはたくさん出演者がいるらしい。三鷹おんがくのじかんという場所で、夜。


今からじっくりとセットリストを考え、練習。1日に2回もライブするのは初めてなのだけど、たくさん歌えるということがシンプルに楽しみ。



先述した三鷹の企画のバンド編に、こないだ遊びに行ったのだが、見事に酩酊し記憶も途切れ途切れ。基本ライブハウスにはあんまり馴染めないのだけど、気の知れた友人がたくさんいたし、出入り自由と配慮もあったので過ごしやすく非常に楽しかった、が、やはり酔いすぎて良いことは少ない。色々と後悔反省。悔やむのはいつだって誰もいなくなってから。こんなことの繰り返しだな…。




10.11

今歩いている。夜0時過ぎ。三軒茶屋から、家までの道のり。旧道に差し掛かると、道端で、外国人の男女2人が座り込んで氷結を飲んでいる。女性の方が、小さく歌を歌っている。美しい光景だ。この排気ガスまみれの街に。東京に。彼らは何を見てる。近くにコンビニもない。街灯の鈍い光だけを頼りに、何にもない道に座り込んでる。流れるメロディー。これを迷惑だと思うかい。これを滑稽だと笑うかい。そんなこと、できるはずがない。今すぐここに混じって、コン、と缶チューハイを鳴らしたくなる。彼らと肩を組みたくなる。でもまっすぐ歩く。まっすぐまっすぐ歩く。家はもうすぐ。





結婚式が四週も続けてあった。

そういう時期だということもあるのだろう。そういう年齢になったということもあるのだろう。

どこにも馴染めない、俺。どこにいても少し距離を感じてしまう。やさしさを素直に受け止められない。信じてしまうことをひどく恐れてる。ダサーっ…厨二病乙…。そんなマインドをカッ、とグラスに注いだ瓶ビールで流して葬ってしまうほどには、俺は利己的で、合理的で、ほとほとマヌケで、多分ビビりである。真実は知らなくていい、と常々思う。余計なことを知っても、また気分が下がるだけ。何にも知らない、無知の馬鹿で

いさせてよ。イェー!幸せだ!ビバ!無知!などとふざける余裕もある。体内をアルコールが虚しく泳ぐ。どこにも発散することなく、死んでいくのだろう。明日も仕事。うんうん、明日も仕事。眠ろう。うんうん、眠るぞ。



9.26

渋谷の並木橋のあたりで仕事。この辺は渋谷らしくなく、代官山あたりの匂いも僅かに残しつつ、恵比寿のような硬さもあったりするのだが、そこまで綺麗なもんでもなく、やっぱり渋谷は渋谷でしかねーわという感じの独特の風合いのある街。橋の下にはお世辞にも綺麗とは言えない川が流れている。外で休憩をしながらボーッとその川を眺めた。こんなシーンが映画にでもあるならば、やはりタバコの一本でも無くては絵にならないが、あいにく俺は非喫煙者なのでそそくさと室内に戻った。


タバコでも始めてみようかと思う日がある。実際にちょっと買ってみて吸ってみたこともある。それなりに吸える。まったく身体に合わないなどということもない。だが続くことはない。意味が見出せないのだ。そして、意味のないものに意味を見出している人が大人なのだ。つまり俺はまだ子供なのだ。

いつまでもいつまでも憧れを追い続けているような日々で、俺もいい歳なのだが、そうなると当然周りも同じように毎年必ず歳をとっていくわけで、つまりは俺は永遠に追いつかないということだ。周回遅れ。いやそもそも走ってるレースが違うようだ。

遠くから見続けるだけでは、なんとも寂しいものだ。

9.23

友人の結婚式に行ってきた。どうでもいいのだが、どうでもよくない。

センチメンタル過剰だったと言える。俺ら、毎日毎日飲んだくれていた。歌い騒ぎ、クソみたいな朝日を見た。その時間が永遠であったと信じたい。永遠とは何か。ひどく曖昧なものだ。本当の意味での永遠は、無いと思う。存在しないと思う。だが、こうして脳裏にこびりつくあの日々は永遠に最も近いと、俺は思う。悲しいな。悲しい。俺は俺でしかない。そう強く思う。生きるとはそういうことだ。自分に言い聞かせる。強く。だれも肯定なんかしちゃくれない。空気のように漂うだけ。俺は俺でしかない。

思い出作りなんてまっぴらごめんなんだ。昔話なんかいらない。俺たちこれから何でもやれるよ。いくらでもやれるよ。祈りなんか捧げなくたって分かってるだろう。わかる。

9.18

幼稚園と小学校で9年間一緒だった友人の結婚式に行ってきた。現在ではほとんど交流もないので、二次会からだけれど。久々に会った友人は相変わらずで、会えて良かったと心から思った。もう少しゆっくり話をしたかったけれど、あのくらいでも良いのかもな。新婦さんに、小さい頃一番仲が良かったんだ、と紹介してくれていて、嬉しかった。


何人か懐かしい人たちが集まり、そこのみんなはFacebookか何かで一応連絡を取り合っているらしいから動向は知っていたりするみたいなのだが、俺はやってないので本当に驚かれた。こんな久しぶりの再会は確かに楽しいのだけれど、独特の緊張感をほぐす為に、つい酒に手が伸びてしまう。これがいけない。


二次会終わり、それぞれ帰る流れになったので俺は、結婚式とは別の先輩に連絡すると飲んでいるというので合流しに行く。

この時点で、そこそこ酔っていたので千鳥足で向かう。電車の窓に映る顔が赤い。俺は酔ってもあまり顔には出ないのでかなり珍しい。


21:20頃。浅草橋の飲み屋に入ると、気の知れた先輩たちと以前ROVO野音で会った知人たちが。これにもまた気を良くしてしまう。ホッピーを一杯注文した。


と、ここまでは覚えているのだけれどここから見事に記憶が無い。何を話したか、確かに店の雰囲気や席の感じ、みんなの表情なんかはやんわり覚えているのだが、それ以上は思い出せない。そして店を出た記憶がなく(お金を払った記憶もない)、次に気がついたのが秋葉原の駅だと思う。エスカレーターに乗っていて、俺はメガネを落とす。フラついたまま駅員に、メガネの落し物がないか尋ねたりなんやり、気に入っていたメガネだったので無くしたくなく、30分くらいウロウロしていたと思う。すると後ろから駅員に肩を叩かれ、メガネを見つけてくれたようで、礼を言ってまた帰路。ここからまた記憶がない。

次の記憶は、恵比寿。きっと秋葉原に出てしまったので、山手線で帰ろうとしたのか?浅草橋からなら地下鉄ですぐ帰れるのだが、本当に酔っている時の行動は理解ができない。

恵比寿のホームで、俺は急に気分が悪くなり、しゃがみ込んでいたと思う。駅員が、大丈夫ですかー?と声をかけていたと思う。そしてゲロを吐く。これは覚えている。スーツのネクタイにかかってしまったが、すぐ避ける。かろうじて、スーツは汚したくないという意思が働いていた。

吐いてしまうと少し頭が冴えて、駅員もいつの間にかいなくなっていたので、その隙に俺はネクタイとジャケットを脱ぎ抱えて、来た電車に飛び乗った。

渋谷まで出て、そこからはまっすぐ家に帰ったはず。家に着いたのは25時前だった。


家で電話を確認すると、22:40ごろには先輩から電話がかかってきていて、23時にはちゃんと帰れたか?とメールが来ていたので、おそらく浅草橋の店には1時間ほどしかいなかったのだと思う。一人で店を立った可能性が高い。(俺は本当の泥酔状態になると寝たりはせず、いきなり黙って帰宅するらしい…)


今日は二日酔いにやられながら、家でひたすら寝ていた。スーツのクリーニングを出さなくてはいけない。今週末は、なんとまた結婚式があるのだ。それも大学で一番良くしてもらっていた先輩の結婚式で、式から参加する。さすがにここでは気持ち良いラインで抑えなければ…。


恐ろしい。ひたすらに愚かである。記憶がないのが、一番怖い。どこかで寝ていたとかいうのならまだいいが、しっかりと起きて移動しているというのが、ホラーの域である。

とりあえず無くした物はなく(大概こういうときは携帯や財布を落としたりする)、無事帰れたので良かった。

後日、浅草橋で飲んだ人たちに詳細を確認しなくては…。早く笑い話にでもしたいのだけれど、なかなか気が滅入る。子供の頃、ホームでゲロ吐いてる酔っぱらいにだけはなりたくなかったなー。などと。




9.14

「用和為貴」という言葉を知る。面白い言葉だー、意味は超シンプルだけれど。

今日はちょっと良い曲が作れて満足。充足感。この感覚を維持、及びこの感覚を得るための尽力が、俺の平坦な毎日の中の音楽といえる。ライブやなんやが全てではない。

9.13

レディー・ガガの病気での活動休止の報。

どんな人間でも病気とは戦っていかなければいけないのだな。普段あんなに元気に笑ってる人も、家では少し溜息をつき、自分に降りかかったソレを少し恨み、でもそんなことも言ってられず。みんながみんな、そんな一面を抱えている。

 

敬愛するシンガー、倉内太氏の曲で病気と結婚という曲があったとボンヤリ思い返す。

ドクターペッパードクターペッパージュース 永遠に消えないお前の香り”