12.17

ボヘミアン・ラプソディを観た。クイーンはやっぱりかっこいい。人生が歌になっている人が好きだ。クリエイターとして優れてることなんてどうでもいい。人生が歌になってるかどうか。それだけ。

 

しくじり先生南海キャンディーズ回を観た。面白くて、最後は感動した。お笑いコンビもバンドと似ていると思う。楽しい空気なら、楽しくやれる。重苦しいと、重苦しくしかできない。当たり前のこと。

 

涙がツっと流れて、鼻のあたりに来た時、血の匂いがした。涙も成分は血液と似たようなものだというのを、昔どこかで見た。生きた人間、体、複雑な造りをしてる。もちろん心も。どんな形をしてるのか、誰にも見えない。自分にも。神様にも。

 

 

風邪をひいてしまった。何を書くか忘れた。

11.18

遅くから雨になるというのは、偶然見た天気予報で知っていた。23時過ぎからポツポツと来て、明け方にはすっかり上がっているだろうという予報だった。

終電の一つ前の電車を降り、駅から上がるとその通り小雨がパラついていた。車内で読んでいた本を、上着の内側に隠す。すっかり冬が来ているが、体は温かい。瓶ビールを1本と、すだちサワーを2杯。

街を歩くときは落語でも講談でもいい、BGM代わりに流すと、なんとも自分が粋になった勘違いができる。スッと物語に入り込むと、街の景色がBGMになる。肩で風切って歩く感じが心地いい。別に内容はそんなに理解できてなくていい。そんな、なんとなく良いという感じが、心を豊かにする。

 

 

 

昨日は新宿に、ライブへ。お世辞ではなく、良いライブだった。贔屓目は、ちょっとあるかもしれない。8、9年近く前に知り合い、同世代で、解散せずに続けている数少ないバンドだ。普段会うことはほとんどないが、会えば「おー!」となる、そんな関係は貴重だ。

ステージのほとんど最前まで近づくと、演者の表情まで見えてしまう。これは良くも悪くも、緊張も、戸惑いも、見えてしまう。が、一瞬の機微、残像、そんなものがライブのリアルを感じさせてくれる。音の向こうの人間が見える。少し陳腐だが。

何人か友人に会い談笑。気前よくビールもおかわりした。新宿駅から三丁目の方まで歩く。土曜の夜は、人が多い。

 

 

 

自分のライブ、あと3週間切った。怖さと楽しみ。

 

11.10

その夜を越えたら、顔に傷が増えていた。

心の動きには、浜辺のさざ波のように揺り戻しがある。楽しいかどうかの微妙なライン。充実と疲労の比例。グラフにはシャーペンで引いたような、スッとしたラインにはならない。

飯食ってとっとと寝ようという、当たり前の解決策に、なかなかすぐたどり着けないのは、そのガタついたラインに躓いているからだと最近は考える。

10.29 2

禁酒はやめたが、一応酒をあまり飲まないようにしてる。なので、夜が長い。退屈だ。仕事から帰ってきて、風呂、飯を食ってもまだ19時半とかだったりする。そうなると、TSUTAYAへ行く。DVDを借りに。TSUTAYAは本当に人が減った。昔は、いつも人がいた。週末なんて、必ずレジには人が並んだ。今は閑散としている。誰もいなくなった廃墟のようなTSUTAYAでDVDを借りて、帰る。上着一枚羽織っても、チャリはだいぶ寒かった。

 

帰ってきて、映画を観る前にちょっと録画したバラエティなんかを観る。そうすると、やっぱり面白い。笑ってる。そして気付けば、眠くなる。映画はまた今度、と思いながら過ごしていると、一週間はあっという間で、観ずに返したりもする。結局、TSUTAYAに行ってDVDを借りる、という行為で暇つぶしをしているだけなのである。

10.29

だれか他人に対して、あぁ、そっち側にいっちゃったのかと、思うことがある。説明無し難い、不思議な感覚。ただ、自分が何か変だなと思っていたことに、妙に納得がいくような、スッキリとした気持ちもあるが、やはり心に引っかかる感覚でもある。が、自分が岸にいて相手が船とは限らない。離れていってるその足元を見れば、自分が船に乗っている可能性もある。自分を俯瞰しているつもりでも案外気が付かない。昔は俺も同じだった、とは。

 

友達は、減る。大人になっていくにつれ増えることもあるが、減ることも多い。会わなくなっただけで友達であることには変わりないよ、という感覚はもちろん俺にもある。だけど、人は変わる。環境によって、経験によって、絶えず変化していくものでその過程で気付かぬうちにスイッチが切り替わっているのだ。

「あ、コイツ、このタイプになっちゃったの?」と思うと、悪い奴では無いし、思い出もあるが、一緒にいて波長が合うかどうかというのはちょっと微妙になってくる。昔だったら、と思ったりもする。でも、それは多分する必要のない思案である。

 

 

雨宮まみ氏の連載「40歳が来る!」の7回目更新分、傷口に酒を塗れ!という記事が、とても面白かった。面白いと言っていいのかはわからないが、そこにはビシビシとクる、共感があった。孤独や寂しさへの、飾りのない言葉たち。生きるということのあられもない姿があった。

そこで描かれていたのは、自分の浮き沈みや体験。そして悲しみと、そこからくるヤケ酒が、友達の存在を際立てたということである。自分がどん底にいるということも、友達から見たら笑い話である。つまりそれは底ではない。ただの暗い穴である。そしてその暗さに明かりを灯すのは友達である。という結論に辿り着く様は、自身が体験していないと書けないリアリティがあった。友達は大切であるか、という道徳の授業のような質問が頭に浮かぶ。

 

最近観た、阪本順治監督の「顔」という映画の中で、バイト先の同僚に指名手配犯の顔写真を見ながら「こういう人って絶対友達いなかったと思いません?」と聞かれた主役の藤山直美が「友達っていなきゃあかんの?」と返すシーンがあった。その問いに答えはなく、鈍く宙を舞って場面は変わる。