3.15

春は何かと嫌な季節だった。若かりし頃の俺は、春の浮かれた生ぬるい空気が嫌いだった。3年前、花粉症になってからはますます嫌いになったと思っていた。

 

スタジオの帰り、コンビニでビールを買う。ついでに焼鳥を買ってみる。普段、滅多に買うことはない。近くの公園(の脇の道端)に腰掛ける。マスクを外すと、花粉がつらい。

思い出したのは、大学時代。中野のキャンパスに通っていた俺は友人たちと、大学裏のサンクスに寄り、発泡酒やらチューハイやらを各々買い、レジ横の焼鳥を買って、近くの公園へと繰り出した。季節は確かに春だった。中野の喧騒を抜け、小さな公園。満足に遊具もない、だだっ広い敷地にベンチがいくつか並んだだけ。ひとつのベンチに腰掛けた俺たちは、乾杯をする。なんという背徳感なのだろう。真昼の陽気が、なんともやる気をなくさせる。酒缶を掴むときの「カキッ」という音が響く。あれは氷結か。別になんでもいいが。

少し離れて子供たちが遊ぶ。「うちら悪影響だろうね」と誰かが言った。みんな同調した。楽しかった。何もしていないのに。

 

先日、めっきり会わなくなってしまった大学時代の友人と連絡を取れる機会があったのだが、咄嗟のことで断ってしまった。気恥ずかしかったのだ。あとから後悔した。久しぶりに連絡を取りたかった。確かなことだった。冬が終われば春が来ることと同じくらい、わかりきっていることだった。

近いうちに、またそんなチャンスがあるだろうか。いや、チャンスも何も、いくらでもやりようはある。「やらない」だけ。

 

仕事とスタジオをこなした後だからか、350のビール1本で、気持ちよくなってしまった。早く帰ろう。駅には、酔っ払いが寝ていた。若い集団がはしゃいでいた。外国人がストロングゼロの500を飲んでいた。改札の前では、まだはっきりと恋人とは言えない段階であろう2人が、最終電車のその時間まで、話をしていた。